その夜、八重花桜梨は日課のジョギングを終えて
呼吸を整えながら帰路を歩いていた。
二度とバレーボールはやるまいと心に決めてはいたが、
ジョギングや筋トレは習い性となっているのか、
やめる気にならず、続けていた。
抜け道になっている名前も知らない小さな公園に入ると、
いつもは無人のそこに、先客がいた。見知った顔だった。
ひびきの高校の生徒会長・・・確か赤井ほむらとかいう人だ。
ほむらはベンチに腰掛け、あきれたことに一升瓶を抱えて
一杯やっているところだった。ベンチの傍らには、種類の
よく判らない、巨大な犬が座っている。
(こんな子供っぽい外見でお酒なんて飲んでて
補導されないのかしら。この人は。)
思わず心配した花桜梨だったが、目が合ったほむらに
目礼だけして、そのまま通り過ぎようとした。
しかし、呼び止められた。
「よぉっ。あんた確か、ひびきのの同級生だよな。
八重とか言ったっけ? 暇なら一杯つきあわねぇか?」
「・・・」
いつもの花桜梨であれば、一杯つきあう事はおろか、
他人との会話すら、なるべくなら避けたいと思っているのだが、
なぜかほむらの屈託のない笑顔には、花桜梨の警戒心を
ときほぐすものがあった。・・・寧ろ悪名の方が高い
生徒会長だったが、少なくとも裏表のない人間と思われた。
尤も、それだけ単純な性格と言えるのかも知れなかったが。
「え、ええ。それじゃ少しだけ。」
花桜梨もいける口だったが、ほむらのペースは遥かに凄い。
二人ですでに2/3近く空けたが、少なくとも外見上は
ほむらは全く酔っているように見えなかった。
ほむらは盛んに傍らの犬にも酒を注いでいる。
「あ・・あの。犬にそんなに飲ませて大丈夫なの?」
「んー?サービスエースか?大丈夫だって。
こいつあたしより全然酒癖はいいからな。っはっはっは。」
「そ・・・そう。」
「可愛いだろう?こいつ。」
「あ・・・ごめんなさい。私猫は好きだけど犬はちょっと・・」
不用意な一言だったようだ。
ほむらの瞳孔が、すっとすぼまって、ゆらりと立ち上がった。
「なにいぃ〜〜。貴様っ!サービスエースを愚弄する気か!立てっ!!!」
(あっ・・やっぱり、酔ってる。この人。)
花桜梨は後悔したが後の祭り。謝ってもすみそうな雰囲気ではない。
仕方なく、立ち上がると、いきなり攻撃がきた。
「会長キィィィッック!!」
それほど本気の一撃とも思えなかったが、スピードもパワーも
十分にのっていて、まともに鳩尾にでも喰らえば悶絶するだろう。
無意識に花桜梨は身をかわして避けた。
花桜梨の身のこなしを見て、ほむらも相手の実力を知ったのか、
真剣な表情になる。
「なかなかやりそうだな、お前。少し本気でいくぜ。」
言うなり、ほむらは掌底を繰り出してきた。最初の一撃とは
段違いの威力が込められていた。間一髪かわす。
そのまま、ほむらの攻撃は花桜梨の後ろの公園灯の支柱を直撃する。
なんと、鉄製の支柱が「くの字」に折れ曲がり、コンクリの
土台が30センチ近く浮き上がる!
「!!」
唖然として、そちらに気をとられた瞬間、ほむらが視界から消えた!
本能的に上からの攻撃がくる、と察知した花桜梨は大きく後ろに飛び退る。
3メートル以上の上空からほむらの踵落としが降ってきたが、
空しく空を切り、地面を叩く。
周囲1メートルほどの地面が「ボゴッ」と音をたてて、
深さ50センチ程も抉られる!
(こんな小さな身体のどこに、こんなパワーがあるの?この人!?)
さらに、ほむらはジャンプして右の回し蹴りを繰り出してきた。
花桜梨は軽く上体を反らせてかわす。ほむらはジャンプしたままで
今度は左の回し蹴りを飛ばす。これもなんとか、かわす。
ふっと花桜梨が気を抜いた瞬間、なんとほむらは空中に浮かんだまま、
さらに右の後ろ回し蹴りを放った!
(3段蹴りっ!!?)
今度は避けきれない!右の前腕部でかろうじてブロックする。
そのまま花桜梨の身体はフワッと浮き上がり2メートル近く
後方に飛ばされる!
空中からの蹴りとは思えない凄まじい威力だ。
花桜梨の右手がじーんと痺れる。暫くまともには使えそうにない。
(悟られるとまずい!)
花桜梨は反撃を開始する。右のジャブを気付かれないよう、
フェイントで繰り出し、左のストレートを放つ。
軽くかわしたほむらは、その左手首を掴み、そのまま
花桜梨の勢いを利用して一本背負いにもっていこうとする。
「くっ!」
右足でほむらの左足をロックして、何とか堪える。
そのまま、花桜梨はほむらの後頭部にヘッドバットを叩き込む。
すぐに後悔した。ほむらはとんでもない石頭だったのだ。
目の前が暗くなりかけたが、さすがにほむらも少しひるんで
花桜梨の左手を放す。すかさず後ろに飛んで逃げる。
今の攻防で、花桜梨の右手がまともでないと察したらしく、
ほむらは花桜梨の右側から矢継ぎ早に攻撃を仕掛ける。
必死でかわしているうち、花桜梨の右手はなんとか回復してきた。
(チャンスは今しかない!)
ほむらの攻撃の隙をつき、花桜梨はいかにも気の無い
右ストレートを繰り出す。ほむらはまんまと作戦にのり、
これを軽く受け流すと、花桜梨の左からの攻撃に備える。
(今だ!)
花桜梨はそのまま右手を折畳み、殆ど手加減なしの肘撃ちを
ほむらの鳩尾に叩き込む!
「ぐぼをっっ!!??」
後方に仰向けに倒れ込むほむらの額を掴み、地面に思いきり叩き付ける。
ほむらの頭部が半分以上地面にめり込む。
どうやら、動かなくなったようだ。
「ふうっ・・・」
これほど強烈な攻撃を他人に対して加えたのは初めてだった。
心配ではあったが、しかし、ほむらの頭の固さを考えれば、
大丈夫だろう・・・・・・
・・・・・・・全くの杞憂にすぎなかったようだ。
ほむらは、僅か10数秒後には、むっくりと起き上がった。
「・・・・・」
花桜梨は、この自分より20センチは小柄な少女に対し、
尊敬といっていい念を抱き始めていた。
ほむらから、既に闘気は消えていた。戦意喪失とは違う様だ。
ほむらは、軽く頭を左右に振ると、ため息を漏らした。
「ふうっ。しかしやるなあ。お前。あたしは喧嘩で負けたのは、
生まれて初めてだぜ。」
「・・・でしょうね。私も勝てたのが不思議なくらいだわ。」
「へへっ。気に入ったぜお前。また、近い内にやろうぜ。」
(えっ?・・また?・・・リベンジマッチってこと?)
花桜梨の表情に気付いたほむらは、いたずらっぽく笑い、
左手でグラスをくいっとやる仕草をしてみせた。
「ば〜か。こっちの飲(や)る、だよ。」
「ああ。」(くすっ)
花桜梨は、この豪放磊落な生徒会長がすっかり好きになっていた。
ひびきのに転入して以来、他人に笑顔を見せたのは初めてだ。
「そうね。近い内に。・・・あっ。ごめんなさい。
それまでには私、犬も好きになるように努力するわ。」
「ん?ま、いいさ。好きになるのなんて、努力してなるもんでも
ねーよーな気はするしな。ぢゃな!行くぞ!サービスエース。」
(さっきはあんなに怒ったくせに・・・)
花桜梨は暫く笑いを堪えるのに苦労しなければならなかった。
花桜梨は、ほむらが夜の闇に消えて見えなくなるまで、
何となくずっと見送っていた。
(明日から少しは学校に行くのが、楽しくなるかも知れないな。)
〜了〜
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コメント:
え〜。花桜梨さんの相性をみると、楓子を除くと唯一ほむらだけが
◯なんですね。ほむらも茜ちんを除くと、そう。
いついかなる事情でこの二人が仲良くなったのかと真剣に考察(笑)
した結果、どちらも茜ちんと肩を並べるパワーファイターなので、
真の漢の友情同様、真の女の友情も、どつき合いの果てに生まれる
ものなのではないかという真理に行き着き、(笑)本編をしたためた
次第であります。挌闘技はど素人なんで、挌闘シーンの描写は、
多々変なとこがあると思いますが、平にご容赦。
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