3年に進級して、すぐの土曜日、舞佳の方から神田に声をかけてきた。
「神田君、急で悪いんだけど。明日の日曜日、中央公園に行かない?」
真剣な表情だった。恐く大事な話があるのだろう。断わる理由はない。
「ああ。いいよ。じゃ、いつものように11時待ち合わせで?」
「・・・ありがとう。」
翌日。
満開の桜の下を、暫く二人並んで無言で歩いた。
「あっ。」と言うと舞佳は1本の桜の木の下に歩み寄った。
「この桜・・・。1本だけ花が咲いてない・・・。」
「・・・・・」
「神田君。私ね、働くのが小さい頃から好きで、別に家が貧乏でも
ないんだけど、中学生の時から、新聞配達のバイトやってたんだ。」
「・・・そうか。」
「ある日、その店の売上金が、そっくり無くなったの。
そして短時間だけど、一人で事務所にいた時間のある私に疑いがかかったの。」
「そんな!」
「もちろん私は盗ってないわ!・・・証拠も無かったし、警察沙汰には
ならなかったけど・・・それ以来、店の人達の私を見る目がすっかり
変わってしまった。」
「九段下さん・・・。」
「これに負けたら、私が盗ったと認めるようなものだと思って、
頑張ったんだけど・・・。結局、耐え切れず辞めてしまった。
・・・それ以来、私、人間不信に陥ってしまって。バイトもプッツリ
辞めてしまって。・・・私、私ね、仕事が好きなの!
暇でいる事なんて耐えられない! 仕事をしてない私なんて、
生きていないのと、同じ事。」
「・・・・・・・」
「だから・・・、だから、今の私はこの桜の樹と同じ。
花も咲かない・・・ただ迷惑な人間・・・」
神田は我慢できず怒鳴った。舞佳が思わず後ろに仰け反った程の勢いだった。
「馬鹿な事を言うなっ!! 九段下さん。確かにこの桜の樹は、もう、
老木で花は咲かないのかも知れない。
でも、君は幾つだよ!?九段下さん! まだ人生の1/4も
生きていないじゃないか!! そんな投げやりな事を言ってはいけない!」
「神田君・・・」
「君が花開くのなんて、まだまだこれからだよ。そうじゃないか?
そんな風に過去の出来事に囚われていては、咲く花も・・・」
「神田君。わかった。わかったわ。」
「九段下さん。」
「・・・ありがとう。私、私きっと、こんな風に誰かに怒鳴り付けて
ほしかったんだと思う。甘ったれだよね。ホント。」
「九段下さん。それじゃ・・・。」
「私、決心がついた。また、バイトを始めるわ。」
「そうか。・・・良かった。」
数日後から、舞佳は複数のバイトの掛け持ちを始めたようだった。
同時に徐々に彼女本来の明るさを取り戻しつつあるようだ。
5月も終りの頃、神田は舞佳に中庭に呼び出された。
「あっ。ごめんね、神田君。急に呼び出したりして。」
「別にいいさ。用事って?」
「うん・・・。これは本来、卒業式の日迄待つんだろうけど、
私って、元々せっかちだから・・・。
今日は私達が初めて屋上で出会った日でもあったし・・・。
単刀直入に言うわ。私、神田君が好きなの。」
「あ・・・・」
「私なんて、神田君の沢山いる友達の中のちょっと変わり種の女の子に
すぎないんだとは、思うんだけど。神田君の気持ちを聞かせて。」
「九段下さん。君の気持ちは嬉しく思う。・・・しかし俺は・・」
「あっ。待って! 言わなくていい!」
「・・・・・・」
「ゴメン、ほんとはわかってたんだ。神田君、一文字君の妹さんが
好きなんだよね・・・?」
「うっ・・・・」
「でも、私の気持ちだけでも伝えたくて。ゴメンね?迷惑だったでしょう?」
「いや、そんな・・・」
「告白して、すっきりしちゃった。ねっ、今言った事は全部忘れて。
そして、ずっと私の友達でいてちょうだい。お願いよ。」
「ああ。・・・すまない。九段下さん。」
「あはっ。やーねー。謝ることなんかないわよォ。」
その後、舞佳は退学するような事はなかったが、中庭の「伝説の鐘」は
犯人以外には方法の判らない巧妙な手口で破壊され、以後5年以上に渡り、
鳴ることはなかった。
そして、舞佳は吹っ切れたように完全に以前の明るさを取り戻したのだった。
〜了〜
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