【伝説の鐘の伝説(前編)


その長身痩躯の少年がひびきの高校の屋上に登るのは、今日が初めてだった。
5月のあまりに気持ちの良い陽気に誘われてのことだった。
学校指定の制服ではなく、白い変型学生服を着用している。
一目で不良と判る恰好だが、クールな顔だちは、寧ろ求道者のような
趣きがあった。

暫く、中庭の緑や澄んだ青空を眺めていた少年は、ふと、先客がいた事に
気がついた。
ちょっと、びっくりするほど見事なプロポーションをした女子生徒だ。
面識はない。
いかにも敏捷そうな鍛え上げらた感じのする体つきだった。
多分、少年と同じクラスの麻生さんといい勝負だろう・・・。
しかし、少年が興味を引かれたのは、溌溂とした身体の雰囲気と比べ、
あまりに暗い、その子の表情だった。
自殺するために屋上に上がってきたのではないか?
と思わず訝るほどだった。

(同じ学年だろうか? うーん。気になる。)
迷った末、結局、帰ろうとする彼女を呼び止めた。
「・・・・。」
「あ、あの・・・えーっと。・・・。」
「・・・何か用?」
「いや、用ってほどでもないんだが。その、えーっと・・・」
「用がないなら、私、帰るから・・・。」
「ま、待ってくれ、その、名前教えてくれないか?
俺は、1年C組の神田秋葉という。」
「・・・・・・。」
(うーん、気まずい・・・・。)
「・・・舞佳。1年I組の九段下舞佳。それじゃ。」
「あ。ちょ、ちょっと待ってくれ。」
「まだ何か?」
「良かったら、今度どこかに遊びに行かないか?」
「私と?」
「ああ。」
「・・・・都合があえば。じゃ・・・。」

あれ以来、どうも九段下さんの事が気にかかっていた。
なぜだか判らない。ほっておいてはいけないような気がしたためかも
知れなかった。
思い切って名簿で調べた番号に電話する。
『はい。九段下です。』
「あ。こんにちは。このあいだ屋上で会った神田ですが。覚えてるかな?」
『ああ。神田君。ええ、覚えているわ。』
「今度の日曜日、中央公園に行かないか?」
『・・・・・その日は、空いてるから、いいよ。』
「じゃあ、中央公園の入口で11時待ち合わせでいいかな?」
『うん・・・。待ってるから。』
ガチャッ

神田は約束の時間より、15分程早めに来て、待っていた。
結局、2時間待っていても、舞佳は現れなかった。
(仕方ない。帰るか。)
家に戻ると留守電が入っていた。
ピーッ『・・・九段下です。・・・・ごめんなさい。』
(・・・・・・・・・・・・)

この、すっぽかしに懲りる事なく、神田は根気よく舞佳を誘った。
少しずつではあるが、段々と舞佳も打ち解けてくれているかのようだった。
そう思った矢先、冷水を浴びせられた。
年が明けた1月のある日、神田がいつものように待ち合わせ場所に
早めに行くと、珍しく舞佳が先に来ていた。
「あっ。すまん。九段下さん、待ったか?」
「・・・・・。」
「んっ? 怒ってる? すまない。でも、約束の時間にはまだ」
「・・・ごめんなさい。もう・・・、もう、私のことかまわないで!」
「えっ?」
「さよなら!」
(・・・・・・・・)
神田には、訳が判らなかった。納得がいかなかった。
かまわないで、と言われても、とても素直に聞く気にはなれなかった。

翌日、神田は下校途中の舞佳を捉まえた。
「九段下さん!!」
「・・・もう、かまわないでと言ったと思うけど。」
「聞いたよ。でも、納得できる理由を聞いてないし。」
「・・・だって私、あなたの事、信じたくない・・・。」
「俺、九段下さんを何か傷つけたのか?」
「ううん、今はそうじゃないけど・・・。いつかきっと、きっと
そうなる気がする。」
「・・・そうか、そうやって、信じられるかどうかわかる前に
あきらめてしまうんだね。君は。」
「・・・・・!」
「九段下さん、一緒に帰らないか?」
「・・・・・・・・うん。」
「じゃあ、帰ろう。」
それ以後、また少し舞佳は神田に対し心を開いてくれたようだった。

後編に続く